誰でも可能な自己確立
袋背負いの心
「袋」とは、「因幡の白兎」に出て来る大国主命が背負っている袋のことである。
詳しくは、阿部國治著『袋背負いの心』をお読みいただきたいが、その要点と思われる個所を
抜萃して下に示します。
袋背負いの心(フクロショイノココロ)
人にものを頼まれた時には、それが大事な事であって、自分の力の及ぶことなら、
万難を排して、それを引き受けようという気持。
「できるだけたくさん、人様の世話をやかせて頂く事が立派な事である。」
「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」
と教えられているのであります。
人様の世話をしたり、人様の苦労を背負い込んだりすると、
自らの心の内に喜びを感ずるだけではなくて
「自分はこういうことをしてあげているのだから偉いな」
という誇りの気持ちが起こってまいります。
それだけではなくて、相手の人や世間から
「これだけのことをしているのだから、感謝してくれるのは当たり前ではないか」
という気持さえ起こってくるものです。
このように、人様の世話をやかせてもらって偉いと自分で思ったり、
世話のやき賃を求めたりするようではいけない、と教えられているのであります。
「これは大事な仕事である。しなければならない仕事である。」と思って、
その仕事をするなら、それでもう全てなのであります。
その仕事をすること、それ自体が喜びであり、感謝なのであります。
仕事の中では、人様の苦労を背負う事が、一番大切な仕事であります。
これが大和民族の受け持ちの考え方、本文という考え方であります。
上の「袋背負いの心」が「自己確立」を求めるすべての拳士に求められる心の在り方である。